今月のMovie

(2004年 8月号)


「ロスト・イン・トランスレーション」

 ビル・マーレイ(ボブ・ハリス役)
 スカーレット・ヨハンソン(シャーロット役)
 
 監督: ソフィア・コッポラ
 2003年 アメリカ




CM撮影のために来日したハリウッドスターのボブ・ハリス。
カメラマンの夫の仕事に同行して、来日した新妻のシャーロット。
同じホテルに滞在していた二人が、偶然に出会い、やがて言葉を交わすようになっていくうちに、
お互いの心の中で強く惹かれあっていくものを感じる。
それは、友情とも恋愛とも呼べない、せつなくてはかない感情。
やがて、ボブは仕事も終わり、帰国することに。二人に別れの時が、近づいてくる・・・。

かなり以前からメディアで紹介されていて、気になっていたのになかなか見ることが出来ず
最終日でやっと観る事ができた。
先入観を入れたくなかったので、なるべく情報をいれず、頭を白紙に近い状態(監督の名前すら知らなかった)で観たのだが、
劇場で観れて本当によかったとしみじみ思うほど、今回の作品は私にとっては当たりだった。

ロケは、すべて東京(一部、京都と河口湖のシーンがあるのみ)で行われ、スタッフの90パーセントが日本人だったそうだ。
ボブとシャーロットが夜の街に繰り出して、いっしょに遊ぶ友人達は、監督のソフィアの本当の友人だったらしく
演技というには、あまりに自然で「さもありなん」というシチュエーションばかりだった。
ハリウッド映画に出てくる日本人って、いかにも馬鹿にされたキャスティングだなと思うことが多いけど、
(ぺこぺこお辞儀する7:3分けの黒めがねのビジネスマンとか)
この映画の中にも、似たような人は出てきても、そんな嫌な感じはしなかった。
むしろ、この監督は、東京のことがとても好きなんだなとおもった。
それが、ソフィア・コッポラといううら若き女性監督で、フランシス・コッポラと言う有名なお父さんをもつご令嬢であることを知った時には、
まさしく「へえ〜」だった。
私なんかよりもずっと年下の、それも女性が、こんな感性持ってるなんて、ただもんじゃないとは思っていたが・・・。

ボブ役のビル・マーレイは、ソフィアが絶対彼でなきゃ嫌だ!というだけあって、実にすばらしかった。
彼、「ゴーストバスターズ」に出てたんだって?
コミカルでもあり、ダンディでもあり、エロティックでもあり、魅力的な俳優さんだ。
シャーロット役のスカーレットもすばらしかった。
新婚2年の新妻役なのに、どこか冷めている感じ。
大学で専攻していたのは、「哲学」。
『魂の模索』なんていうのをリーディングしてたり・・・。
幸せの中にいるはずなのに、なにか行き詰まりを感じて、楽になりたいと願っている
そういう難しい役どころを、さらりと演じている。

それにしても、この映画の東京の風景よかった。
「スナップ・ショットを撮るような、インフォーマルな感覚」を目指し、
ほとんど照明を使わず、小型カメラを用いてフィルム撮影にこだわったそう。
ロケ地の新宿西口のパークハイアットホテルからの高層階からの一望は、すごかった。
実は、私も2003年と2004年は東京に縁があって、新宿や渋谷をウロウロ歩いたり、
初めて六本木ヒルズの展望台から東京の街を眺めたりすることが出来たのだが、
この映画で観る東京の映像に、とても親近感を持った。
わざとらしくなくて、肉眼で観てる風景に近くて、
それでいて日本人とは違う外国人の視点からの異国的な情緒も出ていて、
本当に、東京って不思議な街だなと思う。

一番心に残ったシーンは、やっぱりラストのシーンかな。
空港に向かうタクシーの窓から、雑踏の中にシャーロットの姿を見つけ、
車を停めさせて、彼女に駈け寄っていくボブ。
シャーロットを優しく抱きしめたボブが、彼女の耳元で何かをささやく。
それを聞いたシャーロットの目が、みるみるうれしそうに潤んでいく。
彼が、彼女に何を言ったのか、観客には聞こえない。
このまま二人で手をつないで、逃げちゃうのかあ?(それは、素人の浅はかな想像だった)
二人は最初で最後の本当のキスを交わして、静かに別れていく。
彼が彼女に何と言ったのかとっても知りたいところだけど、
そういうミステリアスな余韻を残したままの美しい別れだった。
決して絶望した表情じゃなくて、むしろ幸せそうな表情の二人。
あれからの二人はそれぞれ自分の家族に戻り、
今までどおりの暮らしをしていくんだろうな。
でも、心の中はもうそれまでの孤独を感じてはいない。

エンディングに流れる”はっぴーえんど”の「風をあつめて」という曲がよかった。
アメリカ映画の最後に、日本語の曲が流れても、なんの違和感もなく、むしろぴったりという感じだった。

あと、あの藤井隆が出てた。
テレビ番組の司会者と言う設定で、もうあのキャラそのまんまだったのには、ちょっと笑った。

セックスシーンなんて一回も出さずに、男と女の忘れられない出会いを描いて見せたソフィア。
これからも、注目していきたい監督の一人になった。